大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)7号 判決 1990年6月05日

上告人

郡山交通株式会社

右代表者代表取締役

井上裕

右訴訟代理人弁護士

高橋吉久

高橋博之

被上告人

西口良文

被上告人

西川弘一

被上告人

堀口千代子

被上告人

堀口亨

被上告人

堀口篤久

被上告人

田中太蔵

被上告人

豊沢猛

被上告人

西峰勝美

被上告人

中西久実

右法定代理人後見人

井村爲一

右九名訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

佐藤真理

相良博美

坪田康男

北岡秀晃

西晃

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六〇年(ネ)第八二三号、同六二年(ネ)第八九三号未払賃金等請求、民訴法一九八条二項に基づく損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和六三年九月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋吉久、同高橋博之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、いずれも事案も異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成元年(オ)第七号 上告人 郡山交通株式会社)

上告代理人高橋吉久、同高橋博之の上告理由

第一点 原判決は、弁護士法第二三条の二の解釈適用に判決に影響を及ぼすことの明らかな誤りがあり、違法がある。即ち、

一 原判決は、「成立に争いのない(証拠略)(弁護士照会と回答)には、訴外会社の昭和五四年から五六年までの輸送実績は、運転手一人一人勤務当たりの平均所定労働八時間と残業二〇分を前提とした数値であるとの記載があるけれども、右照会の方法が何項目にもわたって照会者自ら求める回答を長文で整理・記載したうえで単に回答者の署名捺印を求めるという形式によっており、照会の内容に含まれた多岐にわたる事項を正確に弁別したうえでの応答であることを保障するに足る記述方法に欠け、必ずしも客観的とは評価し難いものであるうえ、「実働車一日一車当たり」の概念は既に熟しているものであり、右輸送実績は公的な数値であることに照らすならば、右回答は、「一人一勤務当たり」と「実働車一日一車当たり」との概念を混同した結果によることは明らかであり、到底採用し難いところである。」と判示する(判決書三二丁裏より三三丁表。

二 しかしながら、弁護士法第二三条の二は、第一項において「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があった場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」と規定し、

第二項において「弁護士会は、前項の規定による申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と規定している。

三 弁護士会は、照会申出人の照会申出があれば、その事務局においてこれを受けつけ、その年月日、照会申出人氏名、照会先その他必要な事項を備え付けの照会手続台帳(その名称は弁護士により異なる)に記入する。その前後を問わず、照会申出書に不備または不明の点があるときは、必要に応じ、窓口事務の一環として補正や追完を求める。照会手数料その他の費用を徴取する弁護士会では、照会申出の受付の際、照会申出人から照会手数料その他の費用の納付を受け、これに対し領収書を交付する。受けつけられた照会申出書は、事務局の主務課長や事務局長を経て、理事者に回付され、その審査に付される。理事者としては会長のほかにその補佐・職務代行の機関として複数の副会長がおかれているため、まず照会事務担当副会長が照会申出書を閲読して審査し、疑義の有無により意見を付して会長に回付する。会長は、担当副会長が照会申出を適当と認めた事案については他の副会長の意見を徴することなく決裁し、事務局をして照会を発せしめることもあるが、担当副会長が照会申出を不適当と認めた事案については、特に他の副会長の意見を求め、全員一致または多数の意見により照会申出を拒絶し、または常議員会や特別委員会の議に付する手続を行なう。疑義のある照会申出を常議員会または特別委員会の議に付することとしている弁護士会では、これらの議により照会申出を拒絶し、または照会を発するものとし、このような手続を経てなされた照会申出の拒絶に対しては不服申立を許さない旨の規定を規則に明定している弁護士もあるが、このような手続を経ることなく、理事者の判断で照会申出を拒絶するものとしている弁護士会では、照会申出人は照会申出の拒絶に対し異議を申し立てることができるものとし、異議申立があったときは、弁護士会は常議員会に対し異議の当否について審議を求めることとしている例が見られる。

このように、弁護士会は、照会申出を認容する場合にも、きわめて慎重な手続をとり、もって照会制度の趣旨・目的の維持・実現に努めている(飯畑正男著「照会制度の実証的研究」一四、一五頁参照)。

(2) 照会申出人は、照会申出にあたり、照会を求める事項を特定しなければならない。照会を求める事項は、弁護士会が照会申出を適当と認め公務所または公私の団体に対し、照会を発し報告を求める場合に、そのまま「照会事項」、すなわち「報告を求める事項」となるものであるから、簡潔な表現であるとともに、必要事項の全部について報告を得られるよう遺漏のないものであること、および照会先が回答しやすくなるよう状況を作ることが必要不可決である(飯畑正男著「照会制度の実証的研究」七六頁、日本弁護士連合会「弁護士法二三条の二に関するマニュアル第二版四二頁参照)。

(3) 理事者は、照会に対する回答(報告)を受理し、照会事項に対し適切な回答であるか否かを検討し、適切であればこれを照会申出人に交付し、適切でなければ、照会申出人の意向にもよるが、再照会を発しなければならない(自由と正義二九巻四号、二一頁参照)。

四 三都交通株式会社に対する弁護士法第二三条の二に基づく右照会の照会者は大阪弁護士会であり、照会の申出人は高橋弁護士である。

そして、本件照会申出人たる高橋弁護士の照会申出は、大阪弁護士会に適否の審査を受け、大阪弁護士会から三都交通株式会社に対する照会、同会社から大阪弁護士会に対する報告、同弁護士会から照会申出人たる高橋弁護士への通報という構造をとっている。

前記のとおり(証拠略)の照会申出が適当でないと認めるときは、大阪弁護士会はこれを拒絶することができることが、明文上明らかである。

五 前記のとおり大阪弁護士会は、所属高橋弁護士の右照会申出を適当と判断して本件照会権を行使し、および本件照会事項に対する回答を適切と判断して照会申出人に交付したものである。

したがって、右適当な照会申出であり、大阪弁護士会の照会権行使は違法ではなく、右適切な回答で、客観性を有するというべきである。

六 いうまでもなく、弁護士会の照会権なるものは、弁護士の使命たる基本的人権を擁護し、社会正義を実現するための手段として認められたものであり、高度の公共性を帯有する権利である。すなわち、照会権は、公務所または公私の団体が職務上知りまたは知りうる事実であって弁護士がその職務上必要とする事項につき、弁護士をしてその利用を可能ならしめるものであると共にその利用が濫用に亘ることがないようにするための配慮から、その権限を直接に個々の弁護士には与えず、弁護士の指導、連絡および監督に関する事務を行なう機関たる弁護士会に与えているのである。

而して、照会権の行使のことは、弁護士会の裁量に委ねられた純然たる内部問題であり、裁判外にあるものと解すべきである。

判例においても、弁護士法二三条の二の規定に基づく報告請求(照会)に対する拒絶行為は、司法審査の対象にならないと解すべきであるとし(札幌高裁昭和五三年ネ第一五号、同年一一月二〇日第四部判決・判例タイムズ三七三号、七九頁)、地方公共団体の議員に対する出席停止の懲罰議決の適否は裁判権の外にある旨判示し(最判昭三五・一〇・一九、民集一四巻一二号二六三三頁)、および、大学における授業科目の単位授与行為は司法審査の対象にならない旨判示(最判昭五二・三・一五、民集三一巻二号二三四頁)している。

したがって、右判示は右判例理論にも違反するというべきである。

また原判決は、右「照会の方法、照会者自ら求める回答」など右照会者と照会申出人とを混同しているようにも窺われる。

原判決の右判示は、弁護士法第二三条の二の根本理念の解釈を誤り、ひいて法令の適用を誤り、正義に反した謬見であるというべく、その結果は判決に影響を及ぼすべき違法がある。

第二点 原判決は、その事実認定において経験則に違背があり、判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法がある。

一 原判決は、「(証拠略)の弁護士照会と回答は、「一人一勤務当たり」と「実働車一日一車当たり」との概念を混同した結果による」と判示する。

しかしながら、「一人一勤務当たり」といっても、一人暦の上の一労働日の勤務を一勤務として行う勤務と二労働日の勤務を一勤務にまとめて連続して行う継続勤務の区別があり、日勤勤務と隔日勤務は本来質の異なった勤務である。にもかかわらず、判示はその区別を明らかにしていない。

また、(証拠略)には右のような「一人一勤務当たり」の如き事項の記載は全くない。その照会、回答書の内容となっていないのである。東京控訴院の判例は記載のない事項は契約内容となっていないことを認めている(総合判例研究叢書・民事訴訟法5一三二頁、東京控判大二・三・三一評論二民一一二頁の趣旨参照)。しかも、(証拠略)の書面自体においても極めて明白である。

また、大阪弁護士会においては、

<1> (審査)理事者は照会制度の趣旨や先例等を参考にして、当該申出の適否を審査する。申出の欠陥や庇護についてはできるだけ補正、追完につとめるが、それでも不適当なものは照会申出を拒絶する(規則第七条)申出を受けた弁護士会は、単に申出を取り次ぐのではなく、弁護士会(長)として独自に照会を発するのであるから、審査の作業はきわめて重要である。通常は担当副会長が決裁しているが、理事者の合議による場合も少なくない。

<2> (照会・拒絶)審査の結果、照会を適当と認めたものは、照会先へ発送される。

審査の結果申出を拒絶するものには、受任事件と照会事項との関連性が補正・追完によっても明らかにならないもの、明らかに回答が得られないもの、照会することが不適当なものなどがある。申出拒絶の場合には、納付された手数料・実費は返還される(規則第八条)。

(弁護士法第二三条の二、照会の手引、昭和五七年一一月刊・大阪弁護士会参照)

しかして、近畿日本鉄道株式会社、三都交通株式会社、大阪弁護士会、郡山交通株式会社が右両概念を混同することは、一般常識上からみても全く考えられない。

原判決は、弁護士会は右内容となっていない点を、更に如何なる方法で、誰から、事実の確認をしなければならないというのであろうか。

回答には、この点を、如何なる記述方法をしなければならないというのであろうか。

弁護士会の照会権の行使について、「照会者自ら求める回答」などということがありえるのだろうか。

右適確な「照会事項」、すなわち、「報告を求める事項」を記載しているものである。

右判示は、全く理解に苦しむところであって、承服のできないところである。

右照会、回答書の内容に従って効力を生ずべきである。その書面に全然記載のない「一人一勤務当たり」の事項の概念と「実働車一日一車当たり」の概念を混同したものとすることは、経験則に照らしてあり得ないところといわなければならない。

したがって、右混同しているとの、経験則に違反し、理由不備の原判決は違法であって当然破棄さるべきである。

第三点 原判決は、経験則に反するばかりでなく証拠に基づかずして事実を認定し、審理不尽・理由不備の違法があり、法令に違背し、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 原判決は、(1)「上告人運転手の実労働時間を推計するに当たっては、訴外会社(三都交通株式会社)の輸送実績と労働時間との関係と、上告人のそれとを対比して推計するのが合理的であることは当事者間、争いのない」事実である(判決書三一丁表)、と判示する。認定のとおりである。

(2) 原判決はまた、「(1)訴外会社と上告人の昭和五四年から昭和五七年までの実働車一日一車当たりの輸送実績は、別紙一覧表(一)記載のとおり」である(判決書三一丁表)、と判示する。

この昭和五四年から昭和五七年までの実働車一車当たりの平均輸送実績が原判決添付の別紙一覧表(一)記載のとおりである点は正当である。

しかし、右「実働車一日一車当たり」の一日は、暦日単位の一日を意味することは、後記二(2)のとおりである。

(3) 原判決は、「「実働車一日一車当たり」とは、当該タクシー業者が一車一人制、一車二人制、二車三人制等いずれの勤務形態を採っているか、タクシー運転手の一勤務当たりの実労働時間が何時間であるか、当該タクシーがその日一日に何人の運転手によって運転されたかとは無関係に、タクシー業者の保有する実際に稼動したタクシーが一日一車当たりで揚げえた平均輸送実績を示す単位であること、「実働車一日一車当たり」の概念はタクシー業界において既に熟した概念であることがそれぞれ認められる。」と判示する(判決書三一丁裏、三二丁表)。この判示は正にそのとおりである。

(4) そして、原判決は、「訴外会社は昭和五六年一二月一日以降完全な一車二人制を採り一切残業をしなかったから、訴外会社運転手の一週間(公休日を除く六日間)平均の実労働時間は一日当たり八時間であるが、一勤務当たりの実労働時間は一六時間、隔日勤務で、」あると認定する(判決書三七丁表、裏)。原判決認定のとおりである。

(5) 続いて原判決は、「一台の自動車が二人の運転手によって六日間連日一六時間運転されたことになるから、実働車一日一車当たりの稼動時間は一六時間になることが認められる。

そうすると、訴外会社の昭和五七年度の輸送実績は実働車一日一車当たり一六時間稼動することにより、平均して一日当たり二万八〇〇〇円の運賃収入を揚げ、二〇〇キロメートル走行したことになる。」と判示する(判決書三七丁裏)。

二 しかしながら、(1) タクシー業の運転手の勤務は、大別するといわゆる日勤勤務に従事するか、隔日勤務に従事するか二つのタイプに分れ、本来質の異なった勤務である。

(イ) 日勤勤務(一勤務実働八時間、一暦日の勤務体制)の場合は、一台の自動車が一人の運転手によって六日間暦日の一日八時間運転されるので、運転手の労働時間は一日当たり八時間である。

(ロ) 隔日勤務(一勤務実働一六時間、隔日勤務の変形労働時間制の勤務体系)は、二労働日の勤務を一勤務にまとめて連続して行なうものである。この場合は、一台の自動車がふたりの運転手によって六日間、一人の運転手によって一六時間隔日運転されるので、一人の運転手の労働時間は、隔日、二暦日で一六時間であり(一日八時間の労働が二回ということになり)、平均して暦日一日当たり八時間かつ一週四八時間である。

(2) 右、「実働車一日一車当たり」という場合の一日の意味は、一暦日すなわち午前〇時から午後一二時までの暦日の二四時間を意味するものと解せられる。

その一日は、労働基準法三二条に規定するところの一日と同趣旨である。

而して、「実働車一日一車当たり」の概念は、実働車一暦日あたりの一日一車あたりの稼動時間を稼動して揚げえた平均輸送実績を示す単位であると解せられる。

そして、運転手の一勤務当たりの実労働時間は一六時間、隔日勤務で、実働車一日(一暦日)一車当たりの稼動時間が一勤務について午後一二時をはさんでその前後に八時間ずつ合計一六時間継続して稼動した場合には、暦日単位でみると平均して一日について各稼動時間は八時間であると解せられる。

したがって、右のとおり、右実働車一日一車当たりの一日は、暦単位の一日であり、訴外会社における「実働車一日一車当たり」の昭和五七年度の輸送実績は、実働車一暦日単位の一日一車当たり平均八時間稼動(走行)によって得られたものであること明らかである。

したがってまた、右実働車が平均して一日(暦日単位の一日)八時間を稼動することにより平均して一日(暦日単位の一日)当たり二万八〇〇〇円の運賃収入を揚げ、二〇〇キロメートル走行したことになると解すべきである。

(3) そして原判決は、「訴外会社の昭和五四年ないし五六年度における一日一車あたりの稼動時間は昭和五七年度と大差がなかったと推定される」と判示する(判決書三八丁裏)。

(4) 右判示の「実働車一日」の一日が一暦日であることは前記のとおりである。

「訴外会社運転手の」「一勤務当たりの実労働時間は一六時間、隔日勤務」であることは、右原判決の確定した事実によって一点疑を容れぬところである。

したがって、訴外会社の一台の自動車がふたりの運転手によって六日間、一人の運転手によって一六時間、隔日運転されるため、運転手の労働時間は一人隔日二暦日で一六時間であり、平均して暦日一日当たり八時間かつ一週四八時間である、といわなければならない。

前記のとおり、この勤務は二労働日の勤務を一勤務にまとめて連続して行う変形労働時間制の一種である(新訂・自動車運転者労務改善基準の解説、六三頁参照)。

三 原判決は、「訴外会社の昭和五七年度における輸送実績および実働車一日一車当たりの稼動時間と、上告人の輸送実績とを比較して比例計算をすれば、上告人運転手の昭和五七年度における実労働時間は、それぞれ一四時間五一分、一五時間一二分となり、本件被上告人らの主張する一〇・二時間を優に超えるものと推計される」と判示する(判決書三七丁裏、三八丁表)。

しかしながら、訴外会社の昭和五七年度における輸送実績および実働車一日(一暦日)一車当たりの稼動時間と、上告人の輸送実績とを比較して比例計算をすれば、上告人運転手の昭和五七年度における実労働時間は、それぞれ七時間二五分、七時間三六分となり、一勤務(日勤勤務)当たりの平均実労働時間が八時間を超えることはないものと推計されること明白である。

26000×8÷28000≒7.42

190×8÷200=7.6

四(1) 原判決は、訴外会社の昭和五四年ないし五六年度と昭和五七年度の「両期間における運賃収入と走行距離は共に大差がないことからすれば」(判決書三八丁表)、「訴外会社の昭和五四年ないし五六年度における一日一車当たりの稼動時間は昭和五七年度と大差がなかったと推定される」と判示する(判決書三八丁裏)。

(2) 被上告人らの昭和五四年ないし五六年度の両期間における運賃収入と走行キロは共に大差がないことからすれば、被上告人らの昭和五四年ないし五六年度における実働車一日(一暦日)一車当たりの稼動時間は昭和五七年度と大差がなかったと推定されると解すべきである。

(3) 而して、被上告人らの輸送実績と訴外会社の輸送実績とは、原判決添付の一覧表(一)のとおり、ほぼ同様である。

したがって、<1>訴外会社の運転手一人の昭和五七年度の実働車一日(暦日一日)一車の稼動時間は前記第三点第二項(2)のとおり平均して暦日一日当たり八時間である。

<2>昭和五七年度の上告人ら運転手一人の実働車一日(暦日一日)一車の稼動時間も訴外会社と同様に平均して一暦日一日一車について八時間であるというべきである。

(4) 而して、被上告人らの一人一日(暦日)平均の実労働時間と訴外会社の運転手一人一日(暦日)平均の実労働時間とはほぼ同様である。

そして、<1>訴外会社の運転手の昭和五六年一二月一日以降の実労働時間は、前記第三点第二項(4)のとおり一人平均して、暦日一日当たり八時間である。

<2>上告人運転手の昭和五六年一二月一日以降の実労働時間も、訴外会社と同様に一人平均して暦日一日当たり八時間であるというべきである。

五(1) 原判決は、「訴外会社の輸送実績からの推計によれば、本訴請求の対象となっている全期間、上告人運転手は平均して一勤務当たり一〇・二時間を超える実労働をしていたものと推定される」と判示する(判決書三九丁表)。原審の判示は誤りである。

(2) 原判決は、「運転報告書からの推計によれば、その対象となった期間、被上告人らそれぞれの実労働時間には顕著な差異はなく、全員が時間外労働に従事し、かつ、一〇・二時間を超える実労働をしていたものと推定される」と判示する(判決書三九丁表)。原審の判示は誤りである。

しかしながら、右一〇・二時間を超える実労働の推定の判示は、訴外会社の運転手の原審の確定した訴外会社運転手一人の「一勤務当たりの実労働時間は一六時間、隔日勤務」すなわち、平均して暦日一日当たり八時間である事実と対比して不当であり、不存在のものである。

したがって、原判決は、経験則に反するばかりでなく証拠に基づかずして事実を認定し、審理不尽、理由不備の違法があり、法令に違背し、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第四点 原判決は、審理不尽、理由不備であると同時に上告人の提出および援用した証拠を看過した違法がある。

一 上告人は、上告人の昭和六〇年一〇月四日付準備書面<1>第九項において、「三都交通株式会社は変則労働時間制、週休一日制の採用・実施に伴い、

(1) 昭和五五年(ただし、昭和五五年一〇月一六日の時間短縮以前)当時の運転手の勤務体系は、一部一人一車制(二車三人制とも呼んでいる)を採用し、<1>第一日目の拘束時間一三時間・一一時から二四時まで休憩時間二時間、所定労働時間一一時間、<2>第二日目の拘束時間一三時間・一三時から二時まで、休憩時間二時間、所定労働時間一一時間、<3>第三日目の拘束時間四時間・七時から一一時まで、休憩時間二時間、所定労働時間二時間とし、週休一日制、この順次繰返しであり、一か月五日または六日の休日があるため、毎月の労働日数は二四日もしくは二五日この当時の残業実績は運転手一人平均一日当たり約二〇分程度である。

(2) 昭和五五年一〇月一六日以後は、時間短縮して二車三人制とともに一車二人制を採用した。そして、二車三人制の一勤務当たりの残業実績は約二〇分程度(運転手一人一日平均一三分程度)であり、一車二人制には残業なしである。

(3) 昭和五六年一二月からは完全に一車二人制を採用し、運転手の一勤務拘束時間一八時間、所定労働時間一六時間で、月間一三の隔日勤務であり、残業はなしである。」と主張し、

被上告人は、被上告人の昭和六〇年一〇月四日付準備書面第九項においてこれを認めたことによって当事者間に争いのない事実(ただし、後記二(1)の点を除く)である。

二 しかも、(1)被上告人らは、同人らの昭和六〇年一〇月四日付準備書面第九項において「右回答書(<証拠略>)では、B勤務(第二日目)の所定労働(右第一項1<2>記載の所定労働時間)を一一時間とした上で、第三日目として拘束時間午前七時から同一一時、休憩二時間、所定労働二時間とあるが、これは労働省労働基準局からの昭和五四年一二月二七日付の通達(<証拠略>)のⅣ二(1)ロ、で隔日勤務以外のハイヤータクシー運転手の拘束時間が一八時間をこえる場合は、夜間に四時間以上の仮眠時間を与えなければならないとされていることから、午前二時から七時までの五時間、会社の施設で仮眠をとって継続して拘束され、その後四時間労働するものであり、結局B勤の所定労働時間は一三時間となる。右通達にある通り「勤務と勤務の間には連続した八時間以上の休憩時間を与えなければならない」のであるから、第三日目は独立した勤務ではなく、B勤の一部なのである。」と主張し、

(2) 上告人は原審の上告人らの昭和六二年七月二三日付準備書面第三項において、三都交通株式会社は被上告人ら主張の右第二日目の勤務と第三日目の勤務との間には、および第五日目の勤務と第六日目の勤務との間には各連続した八時間以上の休憩時間を与えなくてよいのであると主張し(<証拠略>)大阪弁護士会から奈良県タクシー協会に対する照会、回答書参照)、昭和六二年一二月一一日付準備書面第三項において、被上告人ら主張の「一三時間は存しないものである」と主張したのである。

三 そこで、三都交通株式会社の運転手一人一日平均の実労働時間の実態を判断するに際しては、当事者の主張陳述した右第二日目(B勤務)の勤務と第三日目の勤務との間に、および第五日目の勤務と第六日目の勤務との間に各連続した八時間以上の休憩時間を与えなければならないか、否か、ひいてはB勤務の所定労働時間は一三時間となるか、どうかによって決るのであるというべきである。

したがって、右休憩時間が実際上本件訴訟の核心となる争点であり、主要事実に比すべき、あるいは主要事実に準ずべきものであり、その点の判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可決のもので、審理しなければならないのである。

そして、(証拠略)は公文書に準じ、その弁護士照会、回答書には、「三都交通株式会社は第二日目の勤務と第三日目の勤務との間には、および第五日目の勤務と第六日目の勤務との間には各連続した八時間以上の休憩時間を与えなくてよい」と明記している。

(労働基準局の通達昭和五四年一二月二七日基発第六四二号Ⅳ二(1)ロただし書)

また、被上告人の提出した甲第四五号証中注3記載に「結局B勤の所定労働時間が一三時間となる」とあるが、一三時間とならず、それは全くの虚偽であり、上告人は、上告人の昭和六二年一二月一一日付準備書面第三項においてそれを主張陳述しているところである。

したがって、被上告人主張の右B勤務の所定労働時間一三時間も存在しないものである。

そして、訴外会社の一人の運転手の労働時間は平均して暦日一日当たり八時間かつ一週四八時間である。残業実績は一日約二〇分程度である。

しかるに、原判決には、理由に上告人の提出に係る右書証に何らふれることなく、右第二日目の勤務と第三日目の勤務との間には、および第五日目の勤務と第六日目の勤務との間には各連続した八時間以上の休憩時間を与えなくてよいか否か、ひいてはB勤務の所定労働時間は一三時間となるかどうかに関しては、全然、右事実および争点の摘示を欠き審理されていないのである。

判例は、調書で明確にされている当事者の主張事実を看過してなされた判決は違法であるとする(大審・明三四年オ第七六号・同年六・二一判)(新聞四四・二五)。

したがって、原判決は、審理不尽、理由不備であると同時に上告人の提出および援用した証拠を看過した違法があり、また、大審院判例にも反する結果となり正に破棄せられるべきものである。

第五点 原判決は、条理並びに社会通念を無視し、採証の法則に違反し、同時に審理不尽の違法がある。

一 およそ証拠の証明力は裁判官の自由なる心証に委ねられるというものの、それは裁判官の独善的な主観的な勝手な心証を許すものではない。それは条理に合致し、社会通念に副うものでなければならない。

二 原判決は、訴外会社は、「一車一人制を採っていなかった」と判示する(判決書三四丁裏一行目)。

三 しかして、判例は、「書証の記載および体裁から、特段の事情のない限り、その記載どおりの事実を認むべきである場合に、なんら首肯するに足る理由を示すことなくその書証を排斥するのは、理由不備の違法を免れない」とする(最判三二・一〇・三一、民集一一巻一〇号一七七九頁)。

原審が、訴外会社は一車一人制を採っていなかったと判示したのは、成立に争いのない後記各号証の記載に反する、すなわち、

(1) (証拠略)(<証拠略>)・奈良弁護士会の照会と回答書)中には、

1 昭和五十五年(但し十月十六日の時間短縮以前)当時の勤務体系一部一人一車制(二車三人制と呼んでいる)変速勤務体制を採用していました。左記勤務の繰返しで週休制であった。

第一日目拘束十三時間、十一時~二十四時休憩二時間所定労働十一時間第二日目拘束十三時間、十三時~二時休憩二時間所定労働十一時間第三日目拘束四時間、七時~十一時休憩二時間所定労働二時間

この繰返しで一カ月に五日~六日の休日があるため二十四日~二十五日の出勤であった。この当時の残業実績は一人一日平均二十分程度であった。

2 昭和五十五年十月十六日以後は時間短縮して二車三人制とともに一車二人制を採用した。二車三人制の一勤務当りの残業実績平均二十分程度であった。

3 昭和五十六年十二月からは一車二人制を採用し一勤務は拘束十八時間所定労働は十六時間で月間十三勤務となった。これ以後の残業はありません。旨記載されている。

(2) (証拠略)(大阪弁護士会の照会と回答書)記載内容は、(証拠略)と同内容である。すなわち、同号証(証明書)中には、

一、当社(三都交通株式会社)の運転手の勤務に関しては、すでに、奈良弁護士会および大阪弁護士会に弁護士法二三条二に基く照会に応じた各回答書記載のとおりである。

二、昭和五四年から同五六年一一月までは、運転手の一人一日平均の実労働時間の実態は、所定労働時間が八時間(一日平均八時間、週平均四八時間)および残業時間が二〇分程度と二車三人制について一勤務当り二〇分程度であり、一車二人制に残業時間なしである。

右を超えた所定労働時間および残業時間は絶対にない。

三、昭和五六年一二月からは、右実態は、所定労働時間が八時間であり、残業時間はない。

旨記載されている。

(3) (証拠略)(前同様の照会、回答書)中には、

三都交通株式会社の昭和五四年および同五五年(ただし、昭和五五年一〇月一六日の時間短縮前)の運転手の一人一日平均の所定労働時間の実態は、一日平均八時間、一週四八時間、残業時間一日平均二〇分程度である。

旨記載されている。

(4) (証拠略)(大阪弁護士会の照会と回答書)中には、

三都交通株式会社の昭和五七年度の実働車一日一車当たり運輸収入二八、〇〇〇円および一日車の走行キロ二〇八粁は、当時の運転手の一人一日平均の所定労働時間(実労働時間)八時間(一日平均八時間、一週間四八時間)、週休一日制、残業なしで得た運輸収入および走行した走行粁であること。

旨記載されている。

(5) (証拠略)(証明書)中には、

一、タクシー運転手の一人一日平均の実労働時間は八時間(一週間四八時間)である。残業時間は別である。

二、そして、各会社の勤務体系が一車一人制、一車二人制、二車三人制であっても、右実労働時間は同じであり、長短は生じない。

旨記載されている。

(6) (証拠略)(大阪弁護士会の照会と回答書)中には、

三都交通株式会社が弁護士会に回答した運転手の昭和五四年及び同五五年(但し、昭和五五年一〇月一六日の時間短縮以前)当時の勤務体系は、変速勤務制で二人一車及び一部一人一車制(二車三人制)と呼んでいるを採用し、当社のこの一人一車制における運転手一人一日平均の所定労働時間(実労働時間)の実態は、一週間四八時間、一日平均八時間、残業は一週間一二〇分程度、一日平均二〇分程度であること(以上、別紙A)。

同社は第二日目の勤務と第三日目の勤務との間には、および第五日目の勤務と第六日目の勤務との間には各連続した八時間以上の休息時間を与えなくてよいこと(以上、別紙B)。

旨記載されている。

(7) (証拠略)(前同様の照会、回答書)中には、

一、当社(三都交通株式会社)の昭和五四年度の実働車一日一車当りの運輸収入二三、〇六二円及び一日車の走行キロ二〇七キロメートルは、当時の運転手の一人一日平均の所定労働時間(実労働時間)八時間(一日平均八時間、一週間四八時間)、週休一日制、残業二〇分程度で得た運輸収入及び走行した走行キロメートルであること。

二、当社の昭和五六年度の実働車一日一車当りの運輸収入二八、〇〇四円及び一日車の走行キロ二〇四キロメートルは、当時の運転手の一人一日平均の所定労働時間(実労働時間)八時間(一日平均八時間、一週間四八時間)、週休一日制、残業二〇分程度(ただし、残業は五六年一一月末日まで)で得た運輸収入及び走行した走行キロメートルであること。

三、別紙(A)証明書の第二日目の勤務と第三日目勤務との間には、及び第五日目の勤務と第六日目の勤務との間には各連続した八時間以上の休息時間を与えなくてよい(与えていない)こと。

四、同証明書記載の第三日目の終業時刻一一時から第四日目の始業時刻一一時まで、及び第六日目の終業時刻一一時から第一日目の始業時刻一一時まで、一人一車制における各車両は走行(稼動)していないこと。

五、当社は、従来、三人の運転手が二台の車を交替で運転する二車三人制の勤務体系は、採用していないこと。

旨記載されている。

なお、原判決は「上告人運転手は一車一人制の形態で就労している」と判示する(判決書二二丁表裏)。正当である。

右各号証は、反対事情の認められない限り、その記載内容を措信するのを当然とし、また、その記載文面および体裁よりして特に反対事実の認むべきもののない限り、その記載どおりの事実を認むるのを当然とし、右事実が一応肯定されたであろうと認められるにも拘らず、原判決は右各書証について何ら首肯するに足る理由を示すこともなく、ただ漫然とこれを採用できないとしたのは審理の不足であって、理由不備の欠陥を蔵するものと考えざるを得ない。

したがって、原判決は条理並びに社会通念を無視し、採証の法則に違反し、同時に審理不備の違法があるものと言わなければならない。

以上

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